1000kgの重さの狛犬が播磨中央山地(多々良木・猪篠)に出雲狛犬が鎮座す!
市川の最上流は姫路港から約55km遡上した青倉山が源流で、黒川ダム湖の中にある。その支流の猪篠川上流の山腹に民家が点在する猪篠集落に八幡神社がある。現在、何軒が生活されているのだろうか?、 同僚の主婦がここの出身で生家が空き家なので処分を行政にお願いしたと、聞いている。後背は標高973mの白岩山が但馬生野と尾根で接する集落の八幡神社の狛犬が出雲の来待石(きまちいし)で作られた「出雲型」狛犬が据えられている。なぜ出雲で作られた狛犬がここに有り、どの様に運ばれたかを知るすべは今は無い、が今しばらく時間を頂きお知らせ出来ればと思っている。五国の幾千もの狛犬が据わるのにも気にかけている。
出雲で制作された狛犬は北前船に乗せられ遠く東北、北海道まで旅をしている。猪篠の狛犬も船に乗せられ円山川河口の田結で降ろされ、高瀬舟で行けるところまで運ばれ、馬力か人力で運ばれ生野峠を越えたかも知れない。 一方、猪篠川は寺前で市川と分流して真弓峠(生野峠)へ北上し猪篠部落へ向かう。北海道で仕入れた海産物は西廻りの北前船で大坂へ運ばれ、途中、瀬戸内海の飾磨湊で狛犬は降ろされ高瀬舟に乗せ換えられ市川町屋形
まで運ばれ、その後は陸路を馬力、人力で猪篠まで運んだのだろうか。円山川、市川とも陸に上がった狛犬は「地道」で轍にワッパが深く食い込み、人々が後ろを押し、引っ張ったりする苦労の様子が目に浮かぶ、年齢でもある。Ⓢ atomu
現在の様に動力車が無い時代、人力で現地までの労力は如何ほどだったのだろう。神の力は無報酬の労力奉仕(今も見られる)もいとわず、幾日も務めたのでしょう。記録があれば拝見したいと思う。提供者はないだろうか? 昔の人の知恵は今の時代を越えるものが見えるので安全で楽な方法考えたのだろう。Ⓢ
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