2023年10月27日金曜日

 初雪があったかも知れない氷ノ山の紅葉が進む中国山地 !

 天気と紅葉、黄葉のニュースが気になる10月末ごろ  !!

 シーズンになると、どこそこがどうだ!…とか、まだここはどうだとか!、と空想を巡らし、思い付きで出掛けている。昨日(27日)も日本海寄りは荒れ模様が予想されたが、週末は人出が多い「道の駅・因幡かわはら」の西条柿も毎年の歳時記の一つ「吊るし柿」造りの材料買い出しである。最近は瀬戸内海寄りのスパーでも販売されるようになったが、10年前は無かったので通例の買い出しと、併せて、農業県である鳥取の農産品、長芋、白ネギなど、農業国ならではの買い物もした。国道29号へ行こうと店を出ようとしたら雨が降り出し、しばらく沈し、雨が止むまで「鯖寿司」弁の昼飯である。小降りになりR29号へ県道を東へ13㌔余り駆け八東町へ出た。小雨が降り、雲が低くたなびく都会では出合えぬ、風情を楽しみながら、西条柿(山地)の畑を右左にしてR29号を南へ駆ける。若桜町へ着いてまず向かったのは町役場の福祉保健課の席である。9月に世話になった交流館「寄来屋( よら~いや)のお礼と若桜町の観光等を尋ね意見を申しておいた。庁舎前の56㌧ある「忠魂碑」が、どの様にここに運ばれ据わったのかが書かれた「解説板」が、目が留まった。現在、気になる狛犬がどう運ばれ、据わったのかの参考になるからである。次いで「道の駅・若桜(わかさ)」に寄って「原木したけ」を買い、吉川へ向かう。雨が止んだが曇天で、谷では薄暗くなり気があせる。「寄来屋」には彼女達居いなくって、精肉店「オンリーBoo(ブ)」へ立ち寄り雑談と精豚肉を買い、すでに薄暗くなりはじめた吉川集落を後にし、R29号へ出て戸倉峠へ向かう。旧(いにしえ)の戸倉峠道路に入り、西日が差し紅葉が進む山塊をカメラに収め、トンネルを越え我が故郷兵庫県播磨へ入り、トンネルを抜けると気温計は11度を指していた。出合橋から長くご無沙汰の道谷部落、若杉峠を越え但馬の若杉部落、天滝部落を過ぎ、明延から一宮町への道は取らず養父ICで北近畿自動車道を南下。和田山JCから夕闇迫る竹田城の雲の掛った姿をパチリ。後は地道を姫路に向かい、19時20分わが家着であった。ⓢ atomu      

        

若桜町庁舎内の忠魂碑                         道谷神社の出雲型狛
旧道路から氷ノ山山塊の紅葉

和田山JCから夕闇迫る霧の掛った竹田城
 





2023年10月25日水曜日

トンネル事故で山陽道の「龍野西サービスエリア」の今 !!

空を仰げば木々の枝先落葉、葉先の枯葉、播磨南部の松枯れ、ナラ枯れ  !!

  昨日、西播地域を駆け紅葉の色付き具わいを調べに出掛け、昼飯を食ってないので遅飯を龍野西サービスエリへ立ち寄り「天ぷらうどん」いただいた。驚いたのが駐車場が「がら空き」で、焼鳥など販売する屋台が皆な休んでいた。赤穂トンネルの事故で、下り車線の通行止めで致し方ないか、と思いながら建屋へ入ると、アラま~営業しているのは食堂と土産物の売店だけである。レストランやパン屋などの終日休業の看板が痛々しい。チケットを買ってから「うどん」を食べ終えるまで食堂の客は無く寂し限りであった。売店には、時どき客があるぐらいで店員も身の置き場がなく、困っているのが手に取る    

浪花型狛犬明治30年作(上郡町大避神社)

様に分かるのであった。また、山に積んだ商品も無く、日持ちの悪い生ものなども無くて商品にも活気を感じないのである。ここで働いていた店員さん達はどうしているのだろう。パートさん達であろうから給金を頂かないと困っていないだろうか。売店で様子を窺うと見てのとうりで、12月の開通には期待しているが余り客が多すぎてもサービスできないと……、今から悩んでいるとか。我は言う、暇より良いでしょうと。などなどと、四国、九州へ走るドライバーさん達がここで降り、R2へ出て渋滞を覚悟するのであるが、安全運転で目的達成を念じます。商品の遅れ、ドライバーさん達の疲れ、運送会社の損失、岡山へ通勤する娘が困っているのも聞く。たかがトンネル事故でなく、多方面の人達が長期にわたる損害を被っている事を知った西播磨を駆けた今日の感想であった。Ⓢ atomu

 開通前にどう変わったのかも検証してみたいし、声も聞きたい!!



 

11月07日に巡る「播磨の紅葉の冴えは」どうだろうか? 下調べに………!

  道すがら紅葉や黄葉に期待したり落胆したりの一日でした  !!

激暑で色付きは今いちの様ですが、昨今の冷え込みで進んだかも知れません。

 居ても立っても居られなくて、今日、出掛けてしまった。ご期待あれ!!!

 本日駆けたコース:磐座神社、科学公園都市のメタセコイア並木、佐用の大イチョウ、佐用町役場、西林寺、上郡町、大避神社、相生市、若狭野、龍野西サービスエリア、帰宅せり!!!        写真を添付しました、二週間後と対比して楽しんでください。Ⓢ  atomu



破磐神社









2023年10月22日日曜日

播磨最後の例大祭、魚吹神社の歩き報告

       『津の宮』と地元網干では呼んでいます !

  魚吹(うすき)神社と読めるのは近在の人以外で、歴史に長けた人は読めるでしょうが、他は難しいと思う。歴史ある神社なので真相はわからないが、神功皇后が網干沖で台風に合い難破し掛けた時、魚の大群が現れ汐を吹き難破を救ったとの古事により魚吹神社と呼ぶようになったと地元では語られている。縄文時代には潮が差す浅瀬の海であったたが、長い期間かかって各河川から吐き出す土砂で土地が南進し、讃岐、石見、大阪ほか等から人々がやって来て朝日山から南部を開拓した歴史を神功皇后に例え語っているでしょう。各地からやって来たことは『播磨国風土記』にも語られています。神社が鎮座する宮内から西の馬場のある津市場は砂州の上に築かれた集落である。中世以後の湊であった名残りが津の宮、津市場の地名で残ったのです。津市場の本村の土地が高いのを知る昔の石組みが区画整理で田圃が埋まり消えてしまったのと、祭礼で屋台が集う「西の馬場」西に、絶えず湧水があった”おたら池”(聖池とも地元では呼んでいる)が揖保川の流路を利用した船着場であった名残を埋め立て、石碑だけを残し古跡が消えたのを残念に思っているには我だけではないと思っている。Ⓢ

 祭りに相応しい快晴の一日、西播磨の大取りを務める魚吹神社の御旅所”西の馬場”から屋台、”だんじりが”消えるまで居って、昔と対比しながら屋台、だんじりを懐かしく見送った。若衆の年齢が下がり、〆込みがピカピカで、太めの親父より一回多く回した〆込みの若衆も見た。昔の屈強な中年男性が少なく、怖い梃持ちの”おやじ”を見ないのも時代の経過なのでしょうか。そこかしこで、祭りが縮小したり、出し物を廃止しする中で、毎年盛大に開催する努力には拍手を送りたい。地区最高の出し物が、屋台18台、だんじり4台、獅子舞1台、神輿4台が多くの観衆の拍手を受け御旅所から本宮までの巡行が夜遅くまで続いた。各村に屋台だんじりが帰り着いたのは日が変わった朝1時を回ったことでしょう。来年も盛大に魚吹八幡神社大祭を見られることを願って、二日間の写真を送ります。ⓢ  atomu


       最後の屋台を送り出し出番を待つ”だんじり”  

21日の家庭玄関に飾られた提灯

  

      21日夜の西の馬場に据えられ”ただんじり”4台


2023年10月17日火曜日

HYOGO SAKE EXPO2023広報誌に物申したい!

    HYOGO SAKEEXPO2023  に思うこと !              

 10月2日(月)発行のHYOGO SAKEEXPO2023の一面一杯の写真に違和を感じたのは我だけだろうか。思ったけど投稿しなかった人もいるだろう。原稿を書く記者は我は一番だと思い記事を書くだろうが、間違ってはいないと思うが。60年70年地元で生を育み繋いできた人は、新さんの若僧には煙たいだろうし、そうだろう。我も兵庫県で生まれ83年、生を繋いできた。戦後敗戦の痛手を和らげ、国民に活力とやる気を持って貰いたいと考え、実施し成功した8000m峰マナスル登頂に若者は感動し、登山ブームをお輿した。若者は夏でも雪のある日本アルプスに憧れ山は賑わった。関西以西の若者は中部、関東のよう足繁く通えないのと、家族も考えての答えは地元兵庫県のエキスパートになろうであった。当時は電話か手紙だったが全国に友が出来、心豊かになった。ワンゲル的な活動で各地を訪ね、友を知り、当時は文通が盛んで伴侶を得た友も多い。ユースホステル協会兵庫県支部の会員になり姫路支部を運営もし、兵庫の各地を巡った。グループを活かし一人で出来ないことをやろうと、山奥の小学校の分校へ慰問、親が居ない施設の子供にクリスマス訪問、姫路城の桜の下に山と積まれたゴミの山清掃をやるなどメンバーならではの成果も上げた。

 時代が動き当時成果を上げた分校などは閉校し寂しくもなったがその精神は当時の仲間と語り繋がっている。 平成の大合併以前は91市町があり、市町の一番高い山を征服しようと「91山の会」を発足させ足繁く出かけ、登山口の社寺で今日の無事をお願いし、下山時には無事を報告するのを常とし今も続いている。

 兵庫県40市町すべてに顔を出し、兵庫県の外周を駆け、宍粟市の外周(山中)230kmを巡り、西国33所の歩き遍路もやったが、まだまだ兵庫県内は行き果せていないので、これからも細々ながら続けることにしよう。自然は日々変化し春、夏、秋、冬それぞれに表情を変え、見る人、来る人を楽しませたり、失望させたりもするが四季を通じて出かけてる。

                 22年11月21日落葉はじめた佐用の大イチョウ

       2019年11月21日落葉盛んな佐用の大イチョウ


         2022年11月7日見頃の黄葉の大イチョウ
  このように兵庫県を掛けている人はたくさんいるだろうから目や耳を疑うような写真や文章は差し控えるようにしたい。今回のサイホンの上に座る二人の意図を教えて欲しいのと、どの様に上ったのか、子供、青年にどんな影響があるかを考えての責任者のOKなのか、知りたいのである。Ⓢ atomu    
【 兵庫五国広報紙に思うこと! 】

  以前に目を疑ったのは、線路に自転車を止めた写真であった。場所は廃線になった鍛冶屋線であろうと思うが、兵庫県民530万人の一人とし目を疑い、心臓が高鳴った。北播磨をサイクリングで巡ろうとするPR用の県民紙は兵庫県から資金が出ているだろう広報紙を見た、小中学生は場所は関係なく線路に自転車を置くを良しとして手軽にまねできる悪い写真は慎まなければならない、いや、やってはならない。これも、責任者の眼を通っているなら、知恵の無さ、知識の無さを疑えよう。回答を戴ければ幸いである。Ⓢ  atomu



11月は所用で大阪八尾市、奈良高取町へ参ります。

70年来の学友と奈良高取町の可愛い彼女に会いに出かけます !!

  大阪八尾へ何度行っただろうか? 片手ぐらいしか知らない。山仲間の中島さん宅、石切りさんに二度参拝したのと、もう2度窺っている。今回は、70数年来の小中の学友に会うための訪問である。我が家の小宅は彼の小学校の帰宅途中にあるので、立ち寄って、時には夕食を食べて帰っていた。僕が居なくとも食べていたらしい。8人家族の夕餉は大変な量であっただろう。食べごろの子供5人を喰わすのに両親は朝早くから遅くまで働いていたのは忘れることは無く、深く感謝している。潤沢でない懐の米櫃は麦が多く羽釜で炊いた夕食の茶碗は米が見えないほど黒かったが、友はこれでも魅力で立ち寄り食べ帰っていった。彼の親も帰宅は遅く不在もある仕事らしかった。我が母は「人の出入のない家は栄えない」と常づね言っていた、のが下地に有るのだろう。彼は我が家族、特に兄弟に印象が強いらしく、兄弟で寄ったとき会うごとに”のりみっちゃん”どないしているか!と尋ねられ、元気であると答えるが心持たない。ここ4年コロナと激暑で外出を控えていたが、秋になり、コロナも落ち着いたので心を決め70年余の歴史を共に語り合い若くなろうと目論んでいる。

 奈良高取町へ出かけるのは、奈良の「大台ヶ原山」で出合ったカシマシの三姉妹。下の娘は0歳、上の姉ちゃんは4年生で元気な親に連れられ元気いっぱいなのに惹かれて声掛け、写真を撮り送ったのが始まりで、30数年行き来が      奈良・高松塚古墳をバックに 

神戸港クルージング船内で
続いている。上の佳奈ちゃんは3人の子供の母になり日夜子育てに励んでいるだろう。下の娘が休みが取れたと、姫路へ来てくれたので「海の無い奈良」なので鳥取、島根と車を走らせ、最終目的地「出雲大社」に参拝し良縁を祈願した。我が子と変わらないほど可愛く、良縁で結ばれることを強く願っている。三世代同居生活であったので先輩のお爺さん,お婆さんの所作、痛さを良く知る良い彼女であると思っている。彼女達の家に世話になったのは数えられないほどで、居心地(酒の飲まない家庭なのに我のために用意している)よい家庭であったことがそうさせたのだろう。上の彼女とはディズニーランドへ行き、川崎の妹宅へ泊り世話にもなった。そんな往来が30数年続いていたのにコロナの一昨年お爺さんが亡くなったのにお参りに行けてないのに心を痛めていたのと、長女の三人娘にお土産もってお爺さん顔で伺おうと企んでいる。Ⓢ  atomu

2023年10月16日月曜日

10月22日の魚吹八幡神社祭礼参拝と18台の屋台見学 !!

  魚吹八幡神社参拝の案内です!! 

JR、山電網干集合は、共に10時45分でJR網干からは11時04分発網干港行き乗車。

 山電網干は11時00分発の山崎行に乗車ください。下車は本日祭禮で停車位置が移動しているかもしれませんので、下車場所は運転手さんに訪ねてください。駅から歩いても30分程で西の馬場に着きます。    集合は  西の馬場です   会費  500円也ー

神輿を据えている建物辺りにシートを広げておきます。弁当、飲み物持参ください。お湯は沸かす準備しておきます。ⓢ atomu

十一月七日の紅葉を愛でる旅の申込受付中、先着順で20名を予定してます。(詳細は別紙) Ⓢ
                         伊和神社の祭礼で拝殿へ納められた神輿



2023年10月12日木曜日

播磨一の宮・伊和神社の祭礼が 11月16日(月)にあり、行ってきました!!

 平成六年(2026)は21年に一度の「一つ山大祭」開催の歳で、期待一ぱい  !!

15日16日は播磨一宮の伊和神社の祭礼で、近在の人達はもちろん遠来からも祭り好きの人達が多く訪れる。宍粟郡の各村社などが祭礼を終え宍粟郡の大トリを務めるのが伊和神社なのです。「姫路総社」の「三ツ山祭、一ツ山祭」の原型だと思う祭礼(そうだと言い切る人は見ない)が 21年に一度の「一つ山大祭」(総社は60年)も残り1年(平成6年(2026)となり、2度目の大祭を拝見できれば、目出たいことなので生き延びることにしよう。

 伊和神社は白倉山に白い幟がたなびく「白倉山、花咲山、高畑山を三山」とする60年に一度の‟三ツ山大祭”が開催される。「宮山」を一ツ山とし 21年に一度の‟一ッ山大祭”の開催はいつもの祭禮に無い空気を感じるお祭りが見学できるのである。伊和三山と宮山を祀る急坂の磐座を求めて探勝したのは25年以上も前である。60年に一度のことで当時小詞を担ぎ上げた人は年齢になり、欠けて知る人は無く、町役所でも知る人に出合えなかった。広い山中に1㎥にも満たない祠を探し当てるのは至難の業であるが、再々の探査で四山の小祠の位置を確認したが、当時、GPSが無かったので地図上に位置を落としたが不正確だっただろう。杜の中で視界ゼロ、歩行の間隔と山容を読む勘での探査を何度か挑戦して祠の位置を推測する能力が備わった。その後、一宮地方を襲った豪雨で三山とも被害を受け白倉山、高畑山は倒木と岩崩れで祠は跡形もないほど壊れ、残骸を探し一か所に集め祭祀しておいた。花咲山は倒木が被さっていたので、十分でないが手当てをし手を合わせておいた。再々さいし三山を訪れたのは、災害があった大雨の後の崩壊が、祠あたりで赤土や倒木による山抜けが見られたので、その後が気になっての再登であった。宮山は大磐に守られ無事てあった。白倉山、高畑山は何度も崩壊を繰り返し岩盤が露出し壁になって迫って見た。今以上に神を恐れ敬ったので、その度に小祠を再生したと思われるのが四山探査の感想である。 ⓢ  atomu

 16日に屋台の練り合わせを見学に行くが、天気は良さそうなので盛り上がった練り合わせを見せてくれることだろう。また、一つ山大祭の前年なのでかっぎても一層張り切る様子を見たい。今回は運転手なので、一宮の仲間に会わないこと切に願っている。お酒を頂戴することになり帰れなくなるからだ。Ⓢatomu                                 

          宮入りする五台の屋台たち

              五台があわせ合いながら寄り合い競い合う
  

2023年10月8日日曜日

11月7日に訪ねる”紅葉”の探索結果はどうだつた!!!

  10月7日に山の様子を探りに上郡町から上月を経と、林野、津山と廻り旧閑谷学校を巡った感想を述べよう。11月の開催まで1ヶ月あるので、朝晩の冷え込みで紅葉だ進むでしょうが、皆さんご存知の旧閑谷学校の今の姿を添付して、当日と対比する資料としてほしい。また今年の高温の気候、天候で葉先が枯れ、枝先の葉が落葉している場所が見られる。場所によっては残っているところもあるので当日のお楽しみにしよう。Ⓢ  atomu               

旧閑谷学校の栢木の今

           10月7日の市川町甘地の大歳神社の屋台が行く


2023年10月4日水曜日

はりま風土記の里を歩く会・10月11月 例会 一部変更あり

               科学公園都市のメタセコイア並木     

 
 獅子舞い、台場差し、神輿の寄せ合い、提灯行列、巫女の舞ど   破磐神社

!!                                                      

 播磨には地区ごとに自慢する出し物を持つ祭礼が11月初めまで繰り広げられる。多くの神社は、世話人の都合と人集めを考慮して土曜、日曜日の開催が増えた。しかし、多くの集落を氏子とする神社は、頑固に昔からの日時を守り自慢としている。海岸線は氏子の数も多く、日時を変えた神社を見ない。10月に入ると飾磨の天満神社二社を皮切りに湊神社、松原八幡、大塩天満、広畑天満、荒川神社他と続き17日には英賀神社、21日は提灯祭りの魚吹八幡神社で姫路の大社は終え、東播磨も22日で終えて、11月13~16日の播磨国の総鎮守である播磨国総社の祭りで播磨国の祭礼をすべて終え、新しい歳辰年の準備にかかるのでのある。

 奥播磨で屋台五台が宮入りする「伊和神社」がプライドを掛け”播磨一宮〟を守ろうとする意地が輝いて見える。宍粟市に合併する時にも"一宮の氏子”であることを誇りに思う人の言葉が思い出されてならない。奥播磨で屋台五台を保持し、15日16日の開催日を死守する「伊和神社」の誇りが窺えてならない。Ⓢ  atomu

  10月22日の「魚吹八幡神社」祭礼見学と参拝  !!

  提灯祭りで有名であるが、夜であり終えるのが12時近くになるので、昼宮を見学することとした。屋台18台、だんじり3台が宮入りするのは近在では、ここだけである。戦後間もない時に台風で米が不作で、3台の輪番の村だけの屋台の時もあるなどが、しばらく続いたが間もなく5台、8台、10台と増え、金を出す自治会、運営する青年会の「出す」「出さん」の駆け引きがあったのも記しておこう。

  22日10時00分 JR網干駅集合、バスで近くまで行き、「西の馬場」(屋台18台他)で昼食です(神輿を覚めている蔵前集合)

      飲み物、弁当など各自持参ください。

      @ 山電網干駅、JR共にOKです。歩けば30分ぐらい です。バス時間調べます。

        @ 会費500円 (上着持参ください、夕方寒くなります)

  11月7日(火) 播磨の近場の紅葉を愛でませんか!!

    (山陽道トンネル通行止めでR2号や他の道も混んで西行きは良くありません)     

     ので、播磨を沢山巡ります)     姫路駅集合 7時45分  発:8時00分

        < コース  >  姫路駅~相生・磐座神社~ 金峯神社 ~ 科学公園都市・メタセコ 

       イア並木 ~ 佐用町・大イチョウ ~ 長尾廃寺跡 ~  佐用町・清林寺 ~ 上郡町・天満神社 ~ 姫路駅 (16時30分頃)

   < 会費   >     \ 4700.ー(バス代ほか)

 < 募集 >   25人先着順 16日から受付いたします。

       @ 紅葉の具合で行き先など変更するかも知れません。Ⓢ





2023年10月1日日曜日

9月29日 中秋の名月を仰ぎ見て!!

  今年も❞名月❞を眺めることができた。何時もより早いスピードで昇るような気がして、バタバタで車に乗り目的地へ向かったが途中で間に合わず田圃の畔に車を止めた。毎年、思う場所でシャッターを切ったことが無い。素人がする所作ゆえ許せるでしょうが、カメラの性能を熟知せずとも、平時はバカチョンボタンでこと済むから詳細を知ろうとしないのである。言い訳をするならメガネを掛けないと細字が読めないのである。

 レンズの曇り、三脚を使わずの写真を添付して気持ちだけ届けます。卯年の残り三ヶ月もバタバタで「はりま風土記の里を歩く会」の例会でカメラを構えられることを念じ、パワフルに辰年の20周年を迎えたい。Ⓢ atomu

  • 京見山山塊から昇る名月(白毛山鉄塔が見える)・ 下太田廃寺跡から

  10月22日に網干祭りを見学します。詳細は後日です。 11月初旬に岡山の紅葉と堂塔の白壁冴える漕源禅寺を訪問しようと考えている。紅葉の冴え具わいで日時を決めたい。Ⓢ

























ホタル、アジサイ求めて東播磨を駆ける。

北条鉄道北条口駅 北条鉄道、田原駅 北条鉄道,網引駅 JR加古川線,小野町駅  新装なった加古川畔の見土呂植物園へ出かけた。温室の展示物がエコーになって、手の掛からない植物、身近なのが増え持ち帰っても育てやすいのになり、気楽に家族で無料で見学できる様になって、喫茶とドームが繋がり...