”岡山県の層塔を歩く” シリーズNO1スタートです!!
古くには岡山は「吉備国」一国であった。大国で力の大きいのを都が恐れ分割させ備前、備中、備後と三分国させた。その後、713年さらに備前北部を美作国に分割させられ四ヶ国となった。産鉄などで力を得た吉備国も四分割で備前国などは都へ「鉄」の税を納められなくなり他の産物へと変更している。それを見て都は ”ほくそ笑む”だことでしょう。中世から江戸末期まで鉄の生産が出雲、伯耆へと移り旧吉備国の力は更に弱まってしまった。 そのような歴史ある現岡山県の三重塔(五重塔)の数が全国一番と多く15基、多宝塔4基が空を突いている。このシリーズは現地へ足を運ぶ「旅」で対面していただく参考になればとの
<餘慶寺>とサクラ思いから詳細は簡略しています。
第一回は瀬戸内市邑久町の上寺山(うえでらさん)餘慶寺と牛窓町の経王山(けいおうさん)本蓮寺を案内しましょう。
餘慶寺は歴史も古く天平勝宝元年(749)創建を伝え、吉備で多くの寺院を開基したと伝える報恩大師が創建したと言う。 吉井川の左岸に位置し、瀬戸内市の西端の小丘上に有る天台宗寺院である。古くには遠浅に浮かぶ小島であったのでしょうか、住所も「北島」とある事から邑久町の北に浮かぶ小島だったのでしょう。現在6ッの塔頭が残る今も隆盛と思える寺域である。また、一画に豊原北島神社もあり神仏習合も今に伝えている。時季ごとの催事も行われ参拝者も多いし、文化財も本堂始め仏像、三重塔、梵鐘、そのた多数が境内で拝見できる。花の寺でもあり、シーズンには、サクラ、ハス、モミジ、新緑が迎えてくれる。 足は:車ならブルーハイウエーで、列車ならJR赤穂線西大寺駅下車が良いでしょう。
法華宗派である”本蓮寺”へはブルーハイウエー邑久ICで降り、牛窓方面へ向かう。野菜畑が続く道路を日本のエーゲ海と持てはやされたバブル期は終わり、落ち着いた観光の港町へと衣替えである。昔の賑わいは無いが、夕日が美しい港町と、パンフレットはPRしている。昔を知る若者は正月の初日の出を拝すべく前島へ渡り民宿で年越しの乾杯である。女性は料理の数が多くて食べきれないので、持ち帰りたい、がパックが無く残念至極だと言う! 本蓮寺は牛窓へ入って左へ10分程で丘上の三重塔が見え、旧道へ入って直ぐに寺域への階段がある。 さすが、外国使節を迎える場所に相応しい「南憮妙法蓮崋経」の題目が刻まれた大きな石碑が階段下で迎えてくれた。山門を潜り境内の左手に朝鮮通信使を迎えた客殿が、右の階段を上がり海の見える境内の中門、本堂,番神堂が国重要文化財、三重塔は県文化財に指定されて広くない境内は賑やかだ。その他小堂、唐子踊り,など話題豊富な寺域を探索し、御いとましたら潮騒と古い小さな町並みを散策されることをお勧めしよう。Ⓢ atomu